もう随分前になってしまいましたが, エマ(エマ)というジャンガリアンのノーマルを飼っていました。彼女は1999年6月2日に友人の知り合いの家に生まれ,ワタシの家で2年3ヶ月の時間を過ごして2001年9月29日に旅立ちました。心臓肥大と呼吸困難で投薬が一年ほど続いたあとの亡くなる時の記録です。
これは,@ニフティ(まだニフティ・サーブであったころ)にこれまた今は無きハムスター齧歯目の医療と健康の話題を扱っていた掲示板(そのころは会議室といいました、現在は閉鎖)『集めた巣材』にアップしたテキストです。(現在の@NIFTYのフォーラムも2007年3月で終了予定)
内容を要約すると飼い主の思い込みと乏しい知識に対する過信が、じつは余計に自分のハムスターを苦しませることになったという話です。
エマ:ジャンガリアンハムスター(ノーマル)・メス
1999年6月2日生まれ(2001年9月29日、2歳3ヶ月で★)
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【病歴】
○下血
○呼吸困難様の発作
【亡くなる数日前からの様子】
2001/9/14〜9/29まで
○亡くなる当日9/29
【解剖】9/29
○お腹の腫れの正体
○生殖器系の異常
○きれいだった内臓
○肺
○心臓の肥大
【解剖からの推察】
【死因】
【反省】
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以下、当時のまま転載(文責:Mika)
■ハムスターの心臓肥大と呼吸困難■
だいぶ時間が経てしまいましたが、今年(2001年)の9/29に亡くなったジャンガリアン
ハムスターのエマ(享年2歳3ヶ月)のことを報告させてください。
文章がまとまらないので、アップしていいのかどうか悩んでいましたが
自分ののケジメにしたいという気持ちだけで、この場をお借りしてしまいます
ことをお許しください。
大変に長い文章になるので、興味のない方には御迷惑をおかけいたします。
【病歴】
☆下血
症状:生殖器関係の出血。生後5ヶ月頃からティッシュに血のシミが見られ
るようになる。当時は子宮内膜炎か子宮蓄膿症として様子を見ながら
治療を進めていた。
1歳の時(2000年6月)下痢とこの病気の悪化の併発と思われる
症状が出て、要看護状態になるがその後回復。
(詳細は ライブラリの中にあります
nifty:FPETMAM/lib/5/120 #7594 からのツリー 。)
1歳10ヵ月ごろから下血がみられなくなった。
☆呼吸困難様の発作
1歳になるころから、時折ちゅふちゅふという鳴くことがあった。
その後1歳5ヶ月の時(2000年11月)呼吸困難様の発作が出るが病院
の酸素室で回復。(詳細はライブラリの中にあります
nifty:FPETMAM/lib/5/120 #7973からのツリー。)
それ以来、心臓の為に血圧降下剤(マイレンサンエナラプリル:品名エナ
カルド)を生涯飲ませることになる。
今年(2001年)8月ころから、苦しそうに呼吸をしている時と、ごく普通
にしている時があった(2才2ヶ月頃)。呼吸音が頻繁に聞こえるようになる。
☆その他
いざと言う時のためにステロイド(ホルモン剤、品名:リンデロン液)を
2001の4月から、毎月少しづつ分けていただいていた。
【亡くなる数日前からの様子】
(亡くなったのは 2001年9月29日)
2001/9/14
様子が変。ケージの掃除をしたすぐあとで、興奮でもしたせいか
おすわり状態で目をつむり、肩で呼吸をしている。ワタシの呼びかけに
あまり反応せず、好物を鼻先に差し出しても手で払い除ける仕種をして
嫌がる。
9/15
いつももらっていた20日分のエナカルドを切らしてしまった。
毎日飲ませなくてはいけない薬だ。
その頃仕事が忙しくて、ワタシの身体も疲れ切っていたこともあった
のだが、今までは1日〜2日ぐらいは切らしていても問題がなかったので、
油断して、時間に余裕が出来る17日まで薬をもらいにいかなかった。
その切らしている間、やはり辛そうだった。今思うと本当に申し訳無い
ことをしたと思う。
9/17
ようやく時間がとれて病院へつれて行った。
今まで35グラムぐらいはあった体重が30グラムに落ちていた。
たぶん食べていないのだとおもう。
エナカルドを今までの1.5倍/1日量に増やしてもらう。
病院へ行ったことが興奮の材料だったのか、帰ってくると様子がおかしい。
目がウツロになって、全体に弱々しい。苦しそうに身体を揺すって呼吸をして
いる。
プラケを簡易酸素室にしてケージレストをしてみる。すこし様子がいいかと思い
ケージに戻すと、またすぐに目がウツロになってしまう。
簡易酸素室のプラケに戻してみると、逃げるようにティッシュの床材に
顔を突っ込み潜ってしまう。プラケの隅に鼻先を押し付けるエマの表情は
苦しそうだった。心配で手を出すと、逃れるように別の隅に移動してしまう。
苦しそうな時はスタミノンさえも嫌がるほどなのに、時々具合が良くなる
ようで、その時はプラケからいつものケージに戻した。
何度かそれをくり返していたけれど、プラケとケージの移動がストレスになると
思い、考えた末、自作で 酸素補給器(※)をこしらえた。それをつかって時々
酸素を補給しながら、その状態のエマを毎日見守っていた。
(※ nifty:FPETMAM/MES/4/9243 簡易酸素補給器の作り方参照 )
自分で食べられるように練り餌といつもの餌をケージに置き、時々休んでいる
エマの口元に餌を運んだ。
何度か「いまステロイドを試そうか」と思うことがあった。状態を見ていると
「そうは長く持たない」という予感がしていた。出来るだけ楽にしてあげたくて
夜中も何時間かおきに起きてはエマの呼吸の様子を見た。
(自作の酸素補給器については別発言にアップします)
9/28の晩、苦しそうな様子が頻繁に見られた。自分で酸素を吸入させて
騙し騙し持たせるのも限界と感じて、次の日から病院の酸素室を借りる
ことを決めた。
○亡くなる当日
9/29日
体重は31グラム。変動はあまりない。
なんとなくお腹が張っている感じがするので、腹水が溜まっていることが
心配であることを訴えると「とりあえずエコーで見てみましょう」という
ことでエコーによる腹部の検査。
腸はお腹の表面の浅いところにあるようで、その奥に腹水が溜まっている
の「かも」しれないとのこと。
ただし、それでも映像ははっきりしていないために情報が得られにくい。
本当にそうであるかどうかは言えないようだった。
腹水を抜くのには注射針を使用することになるので、腸に傷がついて
しまう危険があるためにやめる。もし腹水が無かった場合はなおさら危険
度が高い。触診ではその感触がないからだった。
ステロイドを飲ませたかと聞かれたので「飲ませることが出来なかった」
というと、先生がとりあえず飲ませてくれた。
自分ではあんなに苦労してのませられなかった薬を先生はいとも簡単そうに
やってのけてしまう。
昨日から水分をほとんどとっていなかったのもあり、喉が乾いていたのか、
始めは手足で抵抗したが、口のなかに流し入れると自分でこくこくと飲んだ。
「とりあえず状態が良くないなので酸素吸入をしましょう」ということで
濃い目の濃度で酸素をかがせてもらうことになった。
その用意のために別のプラケで待っている間も、エマは身体で呼吸しながら
目をつむってウトウトし、そのままふーっと横に倒れていきそうになる。
手足に力が感じられない。祈るような気持ちになりながらエマを手で
支えていた。
先生の手作りと思われる酸素吸入器に入れられてしばらく様子を見ていた。
30分ぐらいして、先生は保液(リンゲロン)の注射をしようかどうしようか
エマを見つめながら悩んでいたが、口からまだ栄養がとれるのならそのほうが
いいからということで、まず、昨日飲ませそびれたエナカルド(血圧降下剤)
を飲ませ、スタミノンやニュートリカルなどを水で溶いて飲みこみやすくした
ものをシリンジで強制的に与えてみる。
スタミノンはうけつけないが、ニュートリカルのほうは受け付ける。
まだ自分の意思で(しかもより好みして)食べようとしているのがうかがえた。
そのあと、もしかしたら食べるかもと思って持参した大好物のフリーズドライ
の豆腐を与えてみると、目はうつろなのにワタシの手の上でちゃんと口を使って
受け取りモグモグして食べようとしている。不正口合なのでうまく食べられな
くて口の端からポロポロと落ちてしまうけれども、それでも少しだけうまく
食べるコトができたようだった。
先生は老ハムに無理な延命処置はどうか、という気持ちもあったようだけれど
この様子を見て「本人に生きる意思があるのであれば、なんとかしてあげたい
ですね」と言う。
3時間ぐらいは酸素を吸入させつづけて様子をみてもらうために、半日の入院を
させることにする。
別れ際、エマは吸入器の中でモゾモゾと居心地の良い体制を作ろうともがいて
いたが、やがて落ち着いたようで眠ったように見えた。吸入器の中のエマに
顔を近付けて「あとで必ず迎えに来るからね」と語りかけると眠そうにこちら
を見上げた。それがエマの最後の表情だった。
午後5時、携帯電話でエマの呼吸が弱くなっている知らせを受ける。
急いで病院へ向かったが間に合わなかった。
対面したエマの顔は本当に穏やかで眠っているかのようだった。
亡くなった時の様子も本当に少しずつ呼吸が浅くなり、眠るような姿勢の
ままで逝ったということだった。
先生の説明を聞きながらもお腹全体の腫れが気になって、解剖を
お願いすることにした。
【解剖】
○お腹の腫れの正体
腹水は目で確認できなかった。無いという判断でも良いほど。
お腹の腫れの正体は腸に空気が入り込んだ為だった。
お腹を開いた途端にまず現われた腸は、空気でパンパンに腫れていて
風船のようになっていた。
よくお腹にガスが溜まるという症状や鼻で呼吸できなくてお腹が腫れる
話を聞くが、ここまでになってしまうとは想像できなかった。
きっと苦しかったろうと思った。中にはなにもないし、以前見た
正常な状態のジャンの腸にくらべると、別もののようだった。
原因はおそらく過呼吸によるものではないかと思われる。
呼吸が苦しくて一生懸命に呼吸をしたために返って呼吸過多になって
しまったのではないか。
当日まで糞は出ていたし、腸内の異常発酵等とも考えにくかった。
○生殖器系の異常
卵巣に嚢腫が出来ていた。
これについては、老ハムにはありがちなことで、過去に見られた子宮の病気
と多大な関連があるとも思えないということ。過去にあった下血はおそらく
内膜炎で、状態は良かったのではないかとのこと。
これについては、ワタシは女の子ハムの宿命と受け取っているのでショックは
なかった。
○きれいだった内臓
髀臓の大きさは普通。やや老化と見られる退色気味だった。
以前に多発性骨髄腫で亡くなったぴーすけ(ジャん、メス、享年2歳)の
ことを思うと、ぴーすけの髀臓がいかに異常な状態であったかを想う。(※)
ただ丸い出来物のようなものが突起していて、これが元々の
奇形であるかどうかは分からない。腫瘍のような感じではないとのこと。
腎臓も肝臓も見た目はすこぶるキレイな通常の健康な状態。
以前肝不全で亡くなったぶぶのそれに比べると別もの のようなきれいな
肝臓だった。
※)多発性骨髄腫について
この以前に飼っていた ぴーすけ (ジャンガリアン・メス)の
脾臓は解剖の結果、健常なジャンガリアンの6倍近くの大きさでした。
その腫れた脾臓をサンプルにして細胞を見ていただくと
多量の「形質細胞」が発見されました。
「形質細胞」とは白血球の一種で、それを作り出す骨髄の中の幹細胞
に異常をきたし、必要以上に大量に作り出されていたとかんがえられます。
それらが脾臓に蓄積されていたのが細胞検査で分かりました。
多発性骨髄腫とは大きな意味で白血病ということになります。
>詳細は ハムスター3:子宮蓄膿、多発生骨髄腫 (別窓)
○肺
胸を開く。肺は想像に反してとてもキレイな状態だった。
大きさも色も健康そうだった。見た目では分からないものかもしれない
けれど排水腫にはなっていないようだった。
○心臓の肥大
心臓が見た目やや大きいようだった。先生の見解ではジャンのものにしては
大きく、ふつうのゴールデンぐらいの大きさだということ。
心臓の肥大だけは見た目で確認することが出来た。
※病理の結果については、実は諸事情で、いまのところここでは公表できません。
中途半端で申し訳有りません。
いずれ出来ればここにリンクしたいと考えていますがいつになるかはわかり
ません。
【解剖からの推察】
子宮はじつは正常(またはほぼ通常の状態)であったのではないか、ということ。
エマの子宮、および卵巣等は老化による嚢腫が出来たり機能がすでにしていない
と思われる状態でしたが、以前からの病的な原因でそうなったという
感じではない、とのことでした。
昨年下痢と子宮蓄膿症を併発したと思われたことがありましたが
もしかしたら、あれは子宮蓄膿ではなかったのではなかったのかも
しれません。
その際にワタシはエマを病院へ連れて行かなかったのですが、それは
やはり判断を難しくすることになったのかもしれないと思っています。
適切な処置はやはりハムスターを直接先生に診ていただくことが一番
大事なのだと思い反省しました。
【死因】
過呼吸が原因の腸の鼓脹による他の臓器および肺の圧迫による呼吸不全、
それと心不全の可能性もあるということでした。
ただ過呼吸の原因はやはり心臓に負担があったためとも思われます。
【反省】
腹水がなかったのは、予想外のことでした。完全に『心臓病=腹水』という
素人飼い主の思い込みが一番の反省点です。
腸がここまで膨れていたことは解剖であきらかになったことでした。
じつはお腹の膨れは亡くなった時点ほどではありませんが、3〜4日前から
兆候がありました。
すこし胴体のお腹のあたりが、身体の痩せ具合に対して不自然に大きく
なっていて、後ろ足がガニマタ気味でした。
呼吸が苦しそうなほか、時々辛くて眠れないかのようにケージを動き回り
そのあと、砂場などで目をギュっとつむったまま前足を地面につっぱる
ようにして下を向いて耐えていたことがありました。
あれは呼吸が苦しかったのではなく、腸が張って苦しかったのだとわかり
ショックを受けました。
ワタシはその腫れを完全に腹水によるものだと思いこんでました。
ワタシの中に「腹水=末期」というなにかあきらめのようなものがあって
その思い込みがすべての方向を決めてしまっていたように思えます。
心臓以外の臓器は大別して言えば健康な状態でした。
エマ自身が元々は健全な身体であったことが分かりました。
気をつけてあげれば、もう少し生きることができたのかもしれません。
それは「健康であったエマを自分の思い込みで死なせてしまった」
という悔いを否めない事実でした。
ただ良かったのは、結局心臓の肥大があったのが事実で、それに対する
投薬の処置は正しいものだったということです。
エマは大きく括れば老衰だと言えるとは思っています。ですが、それでも
すこしでも楽に過ごさせてあげたい気持ちがあったのに、そして苦しませない
方法があったかもしれないのに、結局苦しい思いをさせてしまったことは
とても残念でした。
エマの遺してくれた色々なモノは決して無駄ににないようにしたいと思います。
長文におつきあいくださってありがとうございました。
(原文ここまで: 2001年 年末)
文章等当時(2001年)のままですので、今では一般的な見解が変わってきているところもあります。
また獣医さんは小動物を専門にしている方ではありません。